書架沈没船36525

100年あれば物語が36525ぐらい意識下に溜まるような気がする。その書架の引き出し。

密偵

2016年 韓国作品

YouTubeの「韓国映画35本で学ぶ朝鮮半島現代史」で紹介されていたので見ました。(↑2024年3月16日まで無料。それ以降は有料会員限定です)

 

高校の時は近現代史というものがあまりに近くて生々しくて好きではなく、受験用には日本史近現代史を勧められたにもかかわらず世界史を取るという暴挙に出た(面白いので苦痛ではなかったです)ぐらいなので小説・映画にかかわらずノンフィクションでも避けていたのですが、少々向き合う気持ちも出て来たところに紹介があったのを機会として見ていこうと思います。

(こうした視聴背景なので、知識不足により的外れな感想になるかもしれません)

 

U-NextとNetflixにあるものから。「韓国映画35本で学ぶ朝鮮半島現代史」で紹介されていた一本目『密偵』です。

 

 

--------------以下内容感想---------------

 

1920年代、という知識だけ頭に入れてみました。

というか自分がこの年代のしかも韓国を知らなさすぎて、前情報がないと「何年……だ?」となっていたかも知れません。韓国では大ヒットだったそうなので義烈団や占領時代、義烈団、などのワードでだいたい何年代か分かるのでしょう。歴史を知るって大事ですね。

 

1920年代の建築美術やアクションが素晴らしかったです。
物語も、密偵である主人公以外に義烈団の中で誰が密偵なのかの疑惑、走行中の列車という閉じられた舞台の中での捜索の緊張、それからやはり理不尽の中にいる人々を裏切っているのでは、という主人公の葛藤に心を絞られました。

 

冒頭で説明に費やす映画とアトラクタを転がして置いておく映画とありますが、この「密偵」は冒頭から面白かったです。
お互いに相手を探りながらの取引で、警戒して早めに来たり時間を引き延ばそうとしたりしている緊張感が伝わります。
義烈団メンバーを包囲している兵ですが、さすがに屋根を飛び越えて移動するのは行軍として無いだろうと感じましたが(無いですよね?)、包囲網を狭めるために「囲め囲め〜〜!」的に地上からも屋根の上からも兵隊がぞくぞく集まっていく画はとても良いです。
暗闇の中の拳銃の発砲で、マズルフラッシュによって一瞬赤々と浮かび上がる画面などドキドキしました。格闘や銃撃のアクションも凄いですが、一番記憶に残ったのは首筋をナイフで切りつけてシュッと血が飛ぶ一瞬でした。
漫画だと筆の軌跡で描けますが、動画でもできるんだと感嘆。(アクション映画をほぼ見た事ないので的外れならすみません)

 

橋本が「ヨン・ゲスンの顔を知る者はいません」と言った次の場面でキム・ウジンが写真を取っているのシーンは上手いですよね。この写真が後々でまた出てくるのが効いている。
一番最初に出て来た義烈団士のキム・ジャンオクの事が尾を引いて、最後の退職届代わりにジャンオクの経歴書を渡すシーンなど、いかにこの主人公のなかで忸怩たる思いが溜まって行ったか知れて良いです。

こうして前に出て来たものが後にまた出てくるものが繰り返されて話に厚みを作っています。

 

チョン・チェサン(元)団長は、自分が密偵でありながら仲間の釈放者を問い詰めて、止めが入らなければ発砲していたというのは良い役者ですね。列車内のシーンで誰が密偵かを突き止めるためにバラバラの集合時間を伝えて、「誰が黄金町の……モギン旅館の……」というのはまさかと思いつつ見入りました。息を詰めつつ「(そうでなければ良いと思いつつ)やっぱり団長かあ〜〜〜〜〜〜!」というあの解放と絶望感。
この列車のシーンは橋本とイ警務がが乗り込んで、逃げ場がない中で如何に橋本の目を逸らしながらどう義烈団のメンバーに伝えるか、というドキドキもあり、義烈団の中の密偵を見つけるドキドキもあり、背景になっている列車の室内装飾も美しく素晴らしかったです。

駅に停車中の蒸気機関車を見ることができますが、SLの威容というのは凄いですね。圧倒的な黒塗りの車体の存在感に蒸気機関の巨大な生き物の鼓動のような音。内田百閒がSLを愛していた気持ちも分かる気がします。
しかし列車内で銃撃戦があってそのまま走行したとは……食堂車のみならず車内の銃撃戦の痕を片付けた人は大変だろうな。義烈団メンバーとその他旅客はそのまま乗車していましたが、次駅停車で清掃が入ったのかな。映画に関係無い話ですけれど。

繰り返してしまいますが、列車のシーンは本当に列車の車内装飾がすばらしく謎解きも面白くて見入ってしまいます。
一等車で映されるのが外国人や日本人客なのがチクリと来ます。話が日帝時代なので登場人物や話の筋で差別構造がありそれを描く物語があるのはそれを含んでみられますが、背景の域でも示されるとよりリアルに迫って辛いものがあります。

 

独立などできない、というチェサン元団長も、諜報員の能力を認められて「裏切り者」と呼ばれながらも日本警察で働いていたイ警務も、そうそう像の取引をしていた富豪も、それぞれそう生きた人も生きるしかなかった人もいたのだろうなと思います。
でも誰しもそう生きたかったわけではないだろうし、そういう国を繰り返さない必要はあると思います。

 

日本内地での特高に捕まったら二度と戻れないと言われた事や小林多喜二の話から、義烈団に対する裁判がある事自体に驚きを感じました(劇的に拷問死するかと)。拷問シーンは薄目薄耳で見ているのでご容赦。
Wikipediaを軽く眺めたら、特高に逮捕されても釈放や裁判事例もありますね)
裁判で自身の心情とは裏腹に「友でもありません」と釈明するイ警務の、ウジンだけが知っている本心に微笑むシーンが心に残りました。このウジンによる信頼や、自身が立場を守るために拷問せざるを得なかったゲスンの絶食による死などが、少しずつ主人公の心を動かして行き、川の流れが石を転がしていくようでした。

警務局の華やかなパーティーの中、ボレロの音楽で淡々と、だが着実に緊張を高めて行き爆破に至るのは見事でした。

これにより勲章も、家族も捨てる事になるし、自分も次のための踏み台としての失敗になるけれど、その道を行かざるを得なくなる。
イ警務の妻子はその後どうしたのでしょうね。イ自身も裏切り者と誹られておりましたが、おそらく妻子の日常にもそうした事はあったのではないでしょうか。安定した暮らしの代わりとはいえ、辛い事もあったでしょう。

 

獄中の石に言葉を刻んだウジンの死、主人公の行方は分からないが残りの爆弾を託された青年が朝鮮総督府に向かうシーンで終えたのは良かったと思います。
後世に生きる我々には、どうあっても義烈団が成功する事は無いと知っているわけで。
それでもエンドロールの最後を爆破音で終わらせたのも、彼らの進むしか無いという決意の現れで良かったです。

--------内容感想終わり--------

 

Wikipediaで知る概要だと、義烈団は巻き添えを作るテロに行き詰まりを抱えたようです。奇しくも劇中の元団長による「たった数個の爆弾で独立できると信じているのか?(要約)」という事でしょうか。
歴史は変えられるけれど、国の独立まで持っていくのは、爆弾ではなく人員が必要になるのでしょうね…………軽々しく後世ののうのうと生きた人間に言われる事では無いかもしれませんが。

 

東部長役の鶴見辰吾さんが自然と当時の世界観の枠に収まっていて、上手いなあ、と思いました。

とにかく中盤の列車のシーンは美術もスリルも面白いです!

次々と裏切られる期待に翻弄されて面白かったです。
これが地続きの歴史の上にあるものなので、単純に面白かった、で終われないのが辛いところですが。ほの暗い時代でしたね。

あまり言葉を重ねても薄っぺらいものにしかならないのでここまでとして置きます。